1. 相談の背景と母親が抱く感情
講演者の山さんは、自身のYouTubeチャンネルで思春期を特集する中で、思春期女子と母親の関係に関する相談が最近増えていると述べています。特に、母親が娘に対して妬みや嫌悪感、拒否などの感情を抱くという相談が寄せられたことが、この講演のきっかけとなっています。
母親が娘に対して妬みを感じる理由として、以下のような心理が深く働いていると解説されています。
2. 母親の「喪失感」と「若さの終焉」
思春期を迎えた娘の姿は、母親から見ると、自分自身の若さの終焉を突きつけられるような感覚を引き起こすことがあります。
- 娘の成長との対比: 母親が年を追うごとにシワや白髪が増えていくのに対し、娘は年を追うごとにキラキラと輝いていく姿が対照的です。
- 役割の喪失: 娘が自立していくにつれて母親から離れていき(依存してこなくなる)、子育ての役割が終わっていくことに対する寂しさや戸惑いを覚えます。この役割の喪失は、母親にとって「私はいらないのではないか」という不安や寂しさにつながることがあります。
3. 満たされなかった経験に対する「妬み」
母親が自分の若い頃にできなかったことや満たされなかった経験を娘が享受していることに対する妬みが発生することがあります。
- 制限された過去: 母親自身が過去におしゃれや恋愛を制限されたり、親に理解されずに苦しんだ経験がある場合、娘が自由に恋愛やおしゃれを楽しんでいる姿を見ると、その未解決の感情が再燃することがあります。
- 否定的な言動: この妬みの感情は、「そんなに派手な格好はいけない」「まだ子供なんだから」といった、娘の自己表現を否定する言動につながることがあります。
- 過去の自分との比較: 母親は「私はできなかったのに」という感情に苛まれ、今の娘の自由と過去の自分を比較し、妬みのような感情を抱いてしまうのです。
4. 世代間の価値観の衝突と自己肯定感の低さ
母親自身が厳しくしつけられたり、自己表現を制限されたりした経験は、そのまま娘との関係に影響を与えることがあります。
- 昭和時代の価値観: 母親の世代(昭和40年、50年代生まれ)は、真面目であることが美徳とされ、自己主張が抑制される傾向がありました。女性は進学よりも結婚や労働が当然とされた時代背景があります。
- 現代との「誤差」: 一方、現代を生きる娘の世代は、男女対等で、やりたいことをやり、恋愛や自己表現が自由なのが当たり前です。この価値観の誤差が、母親に戸惑いを生じさせ、無意識に昭和時代の価値観を押し付けてしまうことがあります。
- 母親の自己肯定感: かつて女性が敷いたげられていた時代を生き、容姿に自信が持てなかったり、自己肯定感が低かったり、劣等感が強かったりする母親は、娘の輝きを素直に喜べないことがあります。
5. 娘の自己肯定感への影響
母親との関係がこじれると、娘の自己肯定感は低下していきます。
- 自己防衛行動: 母親から「お前はダメだ」「それは違う」と否定され続けると、子供は自己防衛行動の結果として「私が悪いんだな」と思うようになります。
- 極端な行動: 自己肯定感を否定された子供は、反発して過激な行動(家出など)に走るか、あるいは母親の価値観に縛られ、本当の自分を表現できなくなるケースがあります。
6. 母親の過去の苦労の肯定(「こんなに苦労したのに」)
母親が自身の努力や我慢の上に現在の生活を築いてきた場合、娘が苦労せずに楽しそうにしていると感じると、「私はこんなに苦労したのに、なぜこの子は努力しないのだろう」という感情が湧くことがあります。
- これは、娘の幸せを願いながらも、過去の苦労した自分を肯定したいという気持ちの表れであるとされます。母親は、自分の子供時代が恵まれていなかった(例:突然母親が帰ってこなくなり、妹の世話をしながら受験勉強をした経験など)と感じている場合、恵まれた環境にある娘が努力しないことに腹を立ててしまうことがあります。
7. 母親自身が自分と向き合う方法
母親が娘への複雑な感情を解消するためには、母親自身が過去の自分と向き合い、心の傷を癒すことが重要です。
1. 過去の振り返りと思考の分析
- 自己認識: 「なぜ子供に対してこういう風に思うのだろう?」「なぜこの場面でイライラするのだろう?」と自分に問いかけることが大事です。
- 自分の心の動きの分析: 娘の言動に怒りや悲しみを感じた時、すぐに反応せず立ち止まり、「なぜ私はこんな気持ちになるのだろう」と問いかけ、自分の過去の経験(例:親におしゃれを止められて悲しかった経験)と同じことをしているのかもしれない、と考えてみる。
- 客観的な把握: 自分がどのような感情を抱いているのかを客観的に捉えるために、書き出し(ジャーナリングなど)を試みるのも有効です。
- 親の再評価: 自分が育った環境や親にされたことを振り返り、当時の親も満たされない経験を子供で表現しようとしていたのかもしれない、と再評価する。
2. コミュニケーションの見直しと共感
- 共感を意識する: 思春期の子供に対しては、まず共感が重要です。たとえ自分の価値観と異なっていても、「そうなんだね」「可愛いね」といった共感の言葉をかけ、娘の気持ちを受け止めることが大事です。
- 自分の気持ちを正直に話す: 自分の過去の経験や、それが原因で娘に対し複雑な感情を抱いていることを正直に話すのも有効な場合があります。
例:「お母さんはね、子供の頃にこういうことがあって、おしゃれをすることに少し抵抗感を感じるのよね。でもあなたの気持ちは大切にしたいと思っているよ」と伝える。これにより、娘は母親の意味不明な行動に納得がいき、母親自身の罪悪感も解放される可能性があります。
3. 自己受容(自己需要)のステップ
母親自身が自分と向き合うための最も効果的な方法は自己受容(自己需要)を学ぶことです。
- 不完全な自分を許す: 「完全な母親でいようとするプレッシャー」から解放されること。「こうあるべき」「ねばならない」という思い込みをすると苦しくなります。
- 感情の肯定: 娘に対して複雑な感情(寂しさ、羨ましさなど)を抱いても、自分を責めるのではなく、「今の自分は寂しいんだな」「羨ましいんだな」とありのまま認める。ネガティブな感情も生きていればこそ感じられるものであり、そう感じても良いのだと思うことが大切です。
- 小さな自己愛を育む: 娘の成長を喜べない時や疲れている時、それは自分自身が満たされていないサインです。自分のための時間を作り、趣味や好きなことを通して、心から楽しいと思える時間を作ることが重要です。また、自分を褒めること(例:「生きてるだけで丸儲け」「よく頑張っている」)を実践してください。
8. 専門家の力の活用
親自身の心の傷が深く、一人で向き合うのが難しい場合は、カウンセリングなどの専門家の力を借りることも有効です。過去の受け取り方を変えることは可能ですが、一人では難しいため、他者の力を借りながら行うことが最良の方法であると締めくくられています。